私にも信条があります。仕事の上で大切にしているブレない軸のような。私にとって代表的な信条は「住まう方目線でいる」ことです。私がこの仕事を始めた時から何も変わっていません。
信条はほかにもあります。「表面だけでとらえない」というのもその一つです。
カスハラ パワハラという言葉も無かった20年以上前、パフォーマンスについて、かつて同業の知人からこんなことを聞きました。建設会社に雇われている大工Aが、デベロッパーBに、建設会社や監督の愚痴をこぼしたそうです。それを聞いたデベロッパーBは建設会社に「現場の者に対して雑に扱うな」と高圧的に申し出ました。ご存じのように、立場的にはデベロッパーは注文者、建設会社は請けている立場。デベロッパーから建設会社に高圧的に言われたら、建設会社はそんなつもりはなくても非を認めざるを得ないでしょう。
ところで、大工Aは地方から来た昔気質で、かつて大工自らが仕事を請け負っていた時代も知っているので、現状の下請けの立場を受け入れられないところがあったり、そのことで年下の監督などには横柄だったり、自分のペースで仕事を進めて関係業者と軋轢を起こしたりしていました。そうした古い感覚から発せられた愚痴でもあったので、一概に建設会社が一方的に彼をひどく扱っていただけの構図でもないのです。
そういった背景を知るよしもなく、デベロッパーBは開発現場に訪れ、現場の職人をねぎらいながらも上目線でふるまっていました。下の立場である建設会社に思いを主張したBは、自分が現場の者を思いやっているかを周囲に知らしめ、そのことに酔いしれたことでしょう。
周囲にはそのBを、現場思いで立派だ、みたいに評価していた人もいたそうですが、知人はその話を聞いてすぐに、そのBの行いがいかに浅はかであったかを感じたそうです。最終的にどうなったかというと、建設会社はその一連の原因となった大工Aに次からの現場を託すことはしなくなり、Aは職を失いました。
わざと大げさな態度をとったり、見せかけの行動をしたりする、そうしたパフォーマンスはいわゆる承認欲求です。誰にでもある「他者から認められたい」という欲求は、そういったパフォーマンスでは満たされません。本来の目的は、注文者という立場を使いしなやかに問題をまとめ、より良い現場環境を建設会社に提供することです。結局のところそれがデベロッパーの望む良い開発地になる。そんな風に、その知人同様に私も思いました。
表面だけでとらえることなく、物事の奥行きを考える。そう考えるように心がけています
