日曜劇場「グランメゾン東京」では、華々しいフレンチの料理が登場します。その料理を監修しているのは、東京品川のフレンチレストラン「カンテサンス」の岸田周三さんというシェフです。2006年に開店し、その翌年の2007年、たった1年という異例の早さでミシュランの三つ星を獲得したお店です。以来12年連続でミシュランの三つ星を守り続けているそうです。偉業であると感じます。
そんな岸田さんはこのドラマの監修を担う思いとして、「フランス料理の世界ってこういうことをしているんだと皆さんにお伝えできたら。それを元に、フランス料理の世界にたくさんの方が来てくれたらありがたいなと思います」と語っています。その思いはこのドラマを通じてとてもよく伝わっていると私は思っています。
そんな岸田シェフの「カンテサンス」ですが、ある時に苦渋の決断をしました。昼のランチを止めて、その分ディナーを2回転にするという決断です。そのことで、今までランチにしか来れなかったお客様、たとえばお子さんがいて夜は外出できない方とか、昼しか出かけられないご年配の方など、もう来店できなくなってしまうお客様が生まれてしまいます。それは想定もしていたし、かなり悩んだそうですが、そうすることに決めたのだそうです。しかし、ダメなら戻ることも想定しながら、どうしてもトライする必要があったと仰っています。
その一番の理由は、労働基準法です。今やランチ営業をやっているほぼ全ての店が、今の労働基準法にそぐわない状況です。若い人たちが仕事を選ぼうという時、飲食店に飛び込もうという人は確実に減っています。人材の確保が年々難しくなっているわけです。
辛い仕事、厳しい仕事は誰でも嫌です。その先に大きな夢がある人でない限り下積みや修行のようなものは避けて通りたいでしょう。しかし、その仕事を始めてみて、初めて大きな夢を見つける人も大勢います。夢を見つけた人々にとっては、労働基準法よりも下積みや修行のような経験が必要になり、誰に頼まれなくとも夜遅くまで職場で学んだり、教わったりする時間が宝物になります。
「働き方改革」と世間は言います。しかしこれは諸刃の剣ですね。ブラック企業に巻き込まれないために、仕事が忙しいあまりに自殺に追い込まれるようなことにならないために、常識を欠いた仕事ロボットにならないために、働き方改革は必要だと思います。会社や上司の理不尽さに対抗するために必要です。しかしその反面で、とにかく技を早く身に着けて一人前になりたいとか、仕事が好きで好きでしょうがないからずっと携わっていたいというような人には、それはそれで周囲は応援したくなるものです。その時は会社や上司が理不尽だと感じていても、その先「ああ、あの時にああいう経験をさせてもらったことは実はありがたかったんだ」と思い、その時の相手の情に気づいて後で感謝することもあります。
働き方改革が全ての人に一律のものさしであるようなら、そこには必ず悪しき制限が生まれます。なぜか?それは、個々の仕事に対する取り組み方が一律ではないからです。仕事が好きで好きで仕方がない人もいるし、なるべく仕事をしたくない人もいる。一流になりたい人も、普通でいい人もいます。たくさん働かないと生計を立てられない人もいます。
私は個人的な思いとして、労働の基準を超えて、考えたり、汗したり、悩んだりすることはとても大事なことだと思っています。人間がひとまわり大きく変わるのって、そういう経験があるからだと思うのです。そういうことがあって初めて、岸田シェフのような優れた人材が生まれるのだと思います。決まりだからと定時に帰る人は岸田シェフのようにはならないでしょう。