先日テレビで、かつてアイドルとして大人気だった女性が、しみじみと呟いていました。「昔はよかったわあ…」彼女は現在、娘さんから毎日決まった額のお小遣いをもらっているそうです。どうして毎日お小遣いをもらっているのかというと、彼女は昔から、あればあるだけお金を遣ってしまうからだそうです。だから彼女にはまとまった額を渡すことができないのです。それは、羽振りがよかった人気アイドルの頃から根付いてしまった癖(へき)です。それが一生を通しての彼女の人生を形作ってしまいました。湯水のようにお金を使えるような恩恵を得ていた過去。毎日2〜3千円のお小遣いにすがる現在。彼女は「昔はよかったわあ…」と心から嘆いていました。
「昔はよかった…」としみじみ言う人がいます。そういう人の多くは、その元人気アイドルと同じように、今より昔の方が社会からの恩恵に潤っていた人が、現状のしがない自分を嘆いて呟く言葉のように思えます。幸いにもというか不幸にもというか、私の場合は若い頃、世間にもてはやされたということがありません。自分で会社を起こし、最初はたった一人で家づくりの何でもをやってきた叩き上げなので、社会の恩恵で楽をした記憶がありません。だから「昔はよかった…」とは思わずにこれまで生きてきました。
そんな私が、ついに、先日、「昔はよかったなあ…」と思ってしまいました!それはもう、ため息まじりで!ただし、これまで話したニュアンスとは違う、明らかに異なる感慨でしたが。
一代叩き上げの私なので、若い頃はそれはもう何から何までやらなければなりませんでした。お客様と打合せをして、デザインを考えて、プレゼンをして、コスト削減をして、現場の能率を向上させてetc…。今では多くの有能な専門家がまわりにいて分業で成り立っているので、そういうことはなくなりましたが、先日ふと、そういうことの一部始終を自ら俯瞰して取り仕切るという場面に出くわしました。その時に、もう長いこと味わっていないような感覚に久々に出会ったのです。今は多くのスタッフがいるので、逆にそれを表立ってやってしまうのはスタッフの仕事を奪うことになり、場合によっては足を引っ張ることにも成りかねないので、立場上控えるべきことです。しかし、その時はそうならざるを得ない状況でした。
そこには、若い頃のエネルギッシュな躍動がありました。やり終えた後の満足感が半端なくて、また懐かしいものにも思えました。そしてこう思ってしまったのです、「昔はよかったなあ…」と。課題と解決の応酬、その繰り返しだったかつての自分に一瞬でも戻った気がして、そのことがとてもキラキラして見えました。今とは違う感覚、これは何だろう?きっと「無我夢中」なんだと思います。人生の中の最も濃密だった頃に戻ったのだと思います。
若い頃の「無我夢中」だった感覚とは違って、今の私にはやるべきことというのが、もちろんちゃんと沢山あります。だから、今が嘆かわしくて昔を振り返っているというのとは違います。そして、やっぱり私はものをつくることが大好きな、ものをつくることが本業の人間だということを、身に染みて実感しました。それをまざまざと知らされた「昔はよかったなあ…」のため息だったのでした。