家はそう安々と買い替えることはできません。洋服やバッグなら、ちょっと気に入ったから買う、で済みます。飽きたら買い替えることができます。ところが家は違います。しかし、家は飽きるものです。飽きても愛情を持ち続けて暮らす、それが家です。だから家というものは、突飛な発想とか流行りとか一見面白そうな切り口とかいうことではなく、何より家としての基本や本質が大切です。私たちの仕事というのは、その「基本や本質が大切」という考え方をより多くの人に知ってもらう役割も担っています。
されど家を売るのも商売です。中には一見面白そうな切り口を付加して注目を浴びる、という戦略も否定はしません。その話に乗るお客様もいて然りとも思っています。
以下は私が個人的に感じたことです。
とある建築会社のサイトで、バルコニーのところに横に格子が2~30センチのピッチで付けてありました。そこには「外からの見た目がデザイン的におしゃれ」とありました。そしてこうも書いてありました。「光の入り方を計算しています」。「うーん…」と私は思いました。横に何本か取り付けただけの、目隠しにもなっていない細い格子が、何をどうして「光の入り方を計算して」と言っているのか。角度や向きが毎時間変わるような工夫があるのなら話は別ですが、そうではなくただ取り付けているだけです。「計算って…何を?…」と感じた次第です。
寝室にベッドが2つ並んでいて、それぞれの真上に1個ずつ天窓が付けられます、というものもありました。どうして寝室の寝ている真上に天窓を?と不思議に思いました。「毎晩星空を観ながら眠りにつける」のだそうです。天窓とは、毎晩夜空を眺めるためのものではなく、光の入りにくい場所に明るさをもたらす役割のものです。そして天窓はどんなに高価で高性能な耐熱ガラスを採用したとしても、冷気を真下に降下させます。ましてや毎日同じ四角いガラス越しの星空を見ていたら、たぶん数日で飽きるのでは?、と私は思いました。降下する冷気は眠る人の健康を阻害します。星空はもういいよ、寒いから閉ざそうよ、となった時、そこにロールスクリーンなど付けたとしたら、寒暖差で結露する可能性があります。私はこれを建築の知識のような難しいことでなく、一般常識として想像し得るのですが、これを高い材料費と工賃を支払ってでも取り付けたいと思う人は、やはりいるのでしょう。いるのなら仕方がないとも思います。屋根の防水工事やら何やらお金がかかることをするなら、星を観たい時に窓を開けたらタダだし、それでいいんじゃないのかな?とも私は個人的に思います。
(格子にしても天窓にしても、これらはあくまで私の主観です。これらを提案する方々や、これらを望む方々を否定しているわけではありませんので、あしからずご理解ください。)
住宅建築の需要が二極化している今、建築に携わる我々はよりいっそうの家づくりの本質を追求し、それをお客様に知ってもらわなければならないし、お客様はお客様でつくり手の度量を見極めていかなくてはならない、と思っています。一流の思いや技術やデザインセンスを携えて、かつそうしたことを振りかざすことのない、気持ちのよいホスピタリティで、お施主様の夢をかなえるお手伝いをする。例えるなら、腕は一流、笑顔も会話も一流、気持ちよく最高の料理を差し出す一流の料理人のような仕事に、エバーは磨きをかけたいと思っています。
