寿司屋を開業する知人から、どういう店にしたらいいか、と相談を受け、エバーのお施主様で親しくさせていただいている鳥海さん(茅ヶ崎「ラ・ターブル ド トリウミ」シェフ。ご自宅をエバーが設計施工させていただきました。)にご意見を伺ったところ、とある店に誘われ案内をしていただきました。そこは、蒲田にある某寿司店で、ご主人と奥様だけでこじんまりとやられている店でした。
店内はお座敷のないカウンターのみの8席。つまみはなく握りのみ。注文は基本的にお任せのみ。握りの仕事は随時変わっていき、生はほとんどなく、鮪も大とろに至るまですべて深めのズケ。秋刀魚などもワタがかましてある。
・・・寿司通であればこの時点で「あっ」とお思いの方もいらっしゃるでしょう。
人間性は、言葉遣いのまず最初のひとことで伝わります。そして態度、服装からも。ていねいに、しかし堅くはなく、店の主人が挨拶をしてくれます。着物を楚々と着こなした奥様が、自然で優しさにあふれた温かい対応をしてくれます。空間は新しく、言うまでもなく清潔です。そこには客をかまえさせるような頑強ぶりやある類いの店が醸し出すおごりのような鎧もありません。うまいものを食するのに適した環境が整っているだけです。この時点で私は確信しました。うまくないわけがない、と。その通り、握りもそれに合う酒も選択に揺るぎがなく、絶品でした。
「この満足感は何だろう?・・・」そんなことを考えながら、鳥海さんとご主人の雑談を傍らで聞いていました。和やかな雰囲気の中で交わされる言葉の中に、極めた者どうしの高みのオーラがあり、私はただ感心するばかりでした。その店の名は、蒲田の「初音鮨」。ミシュランガイドブックに二つ星で紹介されています。
念のため、決して寿司屋として目の飛び出るような金額の店ではありません。
世の中には難しい顔をしておいしいものを出す名店もあります。それをどうこう言うつもりはありません。
しかし、私としてはこの初音鮨のような安らぎと美味を与えてくれる店がやはり好きだし、職業は違えど、そういう人をプロとして尊敬します。
魂をこめたエバーのモデルルーム「VILLA EVER」。完成した今でも、「あそこはもっとこうすればよかった」などと、今も性懲りもなく考えてしまいます。しかし画家がこれ以上手を入れないよう自らの絵にサインをするように、鳥海さんも初音鮨の主人も、世の匠はつねに自らで「見切りをつける」瞬間がその都度あるはずです。その時、やはり私と同様、性懲りもなくくどくどと考えてしまうものなのだろうか?それとも自信に満ちた鮮やかな見切り方であるのか?気になります。
ラ・ターブル ド トリウミ
大磯「ドゥゼアン」元料理長で、「料理の鉄人」にて当時の”鉄人”中村孝明氏に勝利したことで有名な鳥海勝シェフの店。地元有機農家の新鮮で健康な野菜、この地に点在する魚市場ネットワークから供給されるとれたての魚介類を使った、てらわない料理、そして気のおけない雰囲気。私が真に匠だと感じるシェフのお店です。