「ヒラメの昆布締め」の話です。
あの美味しいヒラメの昆布締め、ですが、実はあれって、元々は昆布で締める必要などなかったということ、ご存知でしょうか?
ヒラメは本来、海底を擦るように泳ぐ魚です。当然、海の底に生える海草や海藻を食べて生きています。なので、良質の天然もののヒラメというのは、わざわざ昆布で締めなくとも、味わいに昆布の芳しい香りがするものなのです。そんな良質の天然もののヒラメの味わいを模すという意味で、昆布締めというのは生まれた発想なのでした。
東京某所にある某寿司屋にて、私は良質の天然もののヒラメをいただく機会がありました。その身は昆布の香りがして何とも言えず絶品。私はそれを昆布締めとばかり思っていたのですが、実はそうではなく、その時に大将に「昆布締めというのは良質の天然もののヒラメのフェイクである」と教わったのです。勉強になりました。ちなみにですが、そんな逸品のヒラメを出す寿司屋ですから、一貫の値段というのは巷の寿司屋とは一ケタ違います。とてもじゃないですが、お金を払ってくれるどなたかとでないといけません 笑。
庶民を絵に描いたような私にとっては、自分で払えるくらいの値段の巷の寿司屋の昆布締めで、充分に満足です。先に申し上げた某寿司屋でないと駄目だ、という、そんな一握りの一流の舌をもつ人間ではありませんから。
さて、日々の私は、茅ヶ崎の庶民的な寿司屋のテーブルで、お勘定に心配する必要もなく、エバーはこれからどうあるべきか?と、自問自答をする日々が続いています。 結論としては、エバーは先に述べた某寿司屋のような所業は決してできない、ということです。ごく少ない職人とスタッフで、選ばれた人だけを招き、選ばれた高価な食材を提供する、そのようなスタイルをとることなど無理なのです。より多くの人に喜んでいただけるような家づくりをしていかなければなりません。中には、良質の天然もののヒラメを注文するお客様がいるかもしれませんが、大半は、私と同様「美味しいのなら昆布締めでいいよ」という方々に喜んでいただくというのが、エバーの道です。
また一つ、別の話をさせていただきます。先日、テレビに或るダンス・パフォーマーが出ていました。彼は押しも押されもしない世界的に一流の技術をもったパフォーマーなのですが、こんな印象的な言葉を残しました。「技術を突き詰めれば突き詰めるほど、人に伝わりにくくなる」彼はパフォーマーとしてダンスの楽しさや魅力を伝えたいのが本望なのに、技は高まるほどにわかりやすい魅力とは遠のいていくという、確たる矛盾を抱えていたのです。
エバーも同じだと思いました。私たちも、一流ホテルで夜ごと一流のダンスパフォーマンスを楽しんでいる人を相手にするわけではありません。ある特定の方々のために至高の技を磨き、その対価として大きな金額をいただくなどというのは、やはりエバーの道ではないのです。
これまでにおいて、エバーは大きく道は誤っていない、と感じています。けれども、そのことに甘んじてはいけない、とも感じています。エバーはしっかりとお客様お一人お一人に寄り添い、個々の希望をしっかりとかなえる、技と心のある精鋭が揃ったいい会社です。そんな魅力を、より多くの人に伝えていかなければ。守ってばかりもいられません。攻める気持ちがあって初めて、守りが生まれるものと感じています。成長著しいエバーという舟に、新しい緊張感と戦略を。言うまでもなく、私の仕事です。