誰にも損なことは、してはいけない。

今さらですが、建築というのは実にさまざまな工程があります。そしてそれぞれが専門性が高いことから、その個々の工程をこなすエキスパート(職人)が日々入れ替わり立ち替わりでシフトしていきます。あらかたの順番というものは決まっています。最初にすべき工程の前に、3番手の工程のエキスパートが現場で仕事をすることはできません。まだ壁が立っていないのに塗装の職人が来ても意味がありません。床が貼っていないのにシステムキッチンの搬入が行われても置く場所がありません。

大勢いるエキスパートの出入りを管理し家づくりの全体を円滑に進めていくのがディレクター(監督)の大きな仕事です。難しいのは、職人達も常に複数の現場で働いているわけなので、職人個々のスケジュールを過度に尊重してしまうと、工期がいとも簡単に伸び伸びになってしまうことです。懇意にし頼りにしている職人ではあっても、仕事では一線を引いて、時には心を鬼にして、場合によってはきつい言葉を使ってでも、なれあいや甘えを取り払って進めていかないとなりません。そうやっていきながら、常に機転をきかせて、然るべきタイミングで適材を適所にブッキングしていかなければなりません。

特にエバーでの仕事の場合、そこにはディレクションのセンスというものが必要になります。なぜならエバーの家づくりというのは一定ではなく、お施主様のご要望に合わせて多様なブッキングスタイルを求められるからです。A様邸でとても機転のきいたブッキングを行えたとしても、それが同じくB様邸にそっくり利用できるわけではありません。設計も、コストも、仕様も、嗜好も異なる案件で、前回使えた機転がまた使える保証は何もないのです。しかし常に頭をフル回転させて止まる現場をつくらないことが監督の、いや全員の使命です。常に適切なブッキングを行うことは、工期、すなわち工費の節約になります。ベストなブッキング、ベストな選択を行わないことは、お施主様の首を絞める行為であるだけでなく、パフォーマンスを低下させることで自分たちや会社の首を絞め、エキスパートの士気をだらけさせることになります。誰にとってもいいことではないのです。なので、エバーの監督は、明晰であるだけでなく、人間的に優れていながらも、気を抜こうものなら容赦なく刀を抜く勇気さえ持つ、強いコンダクターである資質も必要になります。

そんな監督という職業ですが、やはり人間なので、常に完璧であることはできません。しかし、いくら不完全だからといって、お施主様への損が許されるなんていうのは筋が間違っています。

私はエバーの長として逐一現場の報告を受ける立場にあります。そうした報告の中から、目の前の相手はきちんと考えているか、ベストな判断を導いて来ているかを感じ取ることができます。その人間の努力の手抜きを感じた時、私は段取りの合理的でない部分を指摘し、どこに人間どうしの甘さがあるかを指摘し、時にはコスト試算を行ってその相手に公開します。職人連への適切な指示や段取り、資材の調達方法の合理化、そういったことを自分なりに計算し直すと、だいたいの案件は2パーセントのコスト削減が露呈します。簡単に言えば、そのやり方では会社に2パーセントの損益を与えているということです。そしてそのお鉢は最終的にお施主様に回ってしまうということです。私がそのような試算をしないで済むよう、私は常にスタッフの全員に口癖のように言っています。「考えろ」と。

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