子供には子供の、大人には大人の、それぞれの「章」。

子を持つ親であれば共感していただけると思いますが、子供の塾や習い事にかかる費用というのが、自分たちが子供だった頃に比べて非常に高額です。たしか記憶では、自分が子供の頃のそういったものの月謝は何千円だったと思います。それが今では相当に家計を圧迫する出費になっています。親の収入次第では通えない実情です。そんなことを考えていたらある人物のことを知りました。
それはお笑いコンビ「笑い飯」の痩せている方である哲夫氏のことです。彼は本業であるお笑いのかたわらで激安の学習塾を経営しているそうです。しかし決してボランティアでやっているわけではない、と言っています。「より多くの子供たちに学びの機会を与えて、学校では教えてくれないことを学ばせることは、彼らが大人になった時により良い世界をつくる礎になる。そしてそれは将来の自分にも帰ってくる。だからボランティアではないんです。」ということです。
私は彼のことをとても立派だと感じました。学びは未来に直結しています。学んで得た達成感が彼らの未来を左右するからです。
哲夫氏は、子供の頃にブロック遊びが好きで、ブロックで何かをつくるたびに祖母が褒めてくれたそうです。そのことが大人になってからの自分の礎になっている、と言います。それと同じように、何かに触れ、興味を持ち、熱中するようになり、それを周囲から認められることは、全ての子供たちに必要な過程なのだと私も思っています。
仕事を始めて後のまだ若かった頃、私はよくホームセンターに出かけていました。そこでいろいろな部品や素材を目にしては「これとこれを組み合わせたらキッチンのこういう所に活用できるんじゃないか?」みたいなことを想像したり実践したりして本業に役立てていました。そんな私が最近、用事があって久しぶりにホームセンターに出かけました。帰宅して「そういえば」と驚いたのは、かつてのような楽しい想像をしていた自分が、もうそうではなくなっていたことでした。愕然とした気持ちにもなりますが、角度を変えてみれば、それは私の人生における「章」が変わったのに過ぎないということだと思います。
私は一般的な年齢よりも10年ほど早くキャリアをスタートしているので、そのタイミングが少し早いようです。前回のコラムで「猪狩商店からの脱却」と申し上げたのも、やはり私の人生の「章」が幾分早めに移り変わっていることに起因していると思います。
キャリアスタートが早かったことで様々なことに早く気づくことはラッキーだと思っています。子供の頃に必要な学びの「章」があるように、大人になっても「章」があり、次のやるべきことがやってきている、そんな今です。いつまで経ってもそのことに気づくことができず、自分が昔と変わらないと勘違いを続けて、あげくに周囲から老害と思われるようなことのないように気をつけなければなりません。