スタッフ募集の条件は「建築が好きであること」

小川直也さんから、腕時計を頂戴しました。

小川さんは当HPでも紹介させてもらっているように、エバーグリーンホームのお施主様であり、私が参事をつとめる「小川道場」の館長です。その小川さんから「普段のお礼」にといただきました。それは世界の腕時計マニアの間ではとても人気のあるスイスの逸品で、腕にするとずっしりとした感触が心地よいダイバーズウオッチでした。

身につけていることを忘れてしまうような薄くて軽量のリストウオッチもあります。それはそれでいいもの。その軽さは、まるで「そう焦るなよ、のんびり行こうぜ。」と言わんばかりに涼しい顔で時を刻みます。時間の存在感までも軽くしてくれるような気さえします。そして、小川さんからいただいた腕時計というのは、その正反対に位置するような、腕にずっしりときて常に存在を意識するようなタイプのものでした。大きくて、虚飾がなくて、正確。まるで小川さんそのもののようです。とても気に入って毎日身につけているのですが、人生は常に時を刻んでいるのだ、そして限りがある、そんなことを意識するようになりました。1秒1秒を無駄にしないように生きようと自覚するような心の移り変わりが、身につけるもの一つで起きるというのは、何というか、不思議です。

にもかかわらず、EverGreenHomeに対する周囲の印象というのは、ますますもって労せずして栄えているかのような、腕時計で言うなら軽くてオシャレなデザインウオッチのような、時流に上手く乗っかったかのごとき軽快感が多くの人に感じられるらしいです。施工例の取材依頼にいらした雑誌編集者の方が「エバーさんは実にとんとん拍子ですねえ」などとおっしゃっていましたが、実際は日々苦労や苦悩の連続なわけで、スイスイッととんとん拍子に仕事をしている人間は私を含めてひとりもいないなずなのですが・・・まあでも、苦労の色合いが滲んで見える会社よりも、それくらいにスマートに思われている方が、当人としては気が楽というものです。

私にしても、先月の社内再編へのビジョンが固まるまでの、夏までの期間というのは、いわゆる「経営者としての苦悩」を独り抱え込んでいました。おそらくスタッフの敏感な者はそんな私の態度に気がついていたと思うし、不安な心境に陥っていた者もいたと思います。けれど、今ではその決断が正しかったことを社内の空気で読み取れます。たとえば、設計と現場の二者のコミュニケーションに、以前あったような立場論のようなものがなくなりました。双方に良い意味での臨機応変さが生まれています。杓子定規に互いのルールを持ち出すのではなく、お施主様を第一に考える上で、「私は」ではなく「私たちは」どうすればいいのか、ということを、文字どおりチーム全員で考えるように自然になっていっているわけです。他所ではともかく、EverGreenHomeにおいては、家をつくるのは図面 ではなく人間なのだということを行動で示してくれていることを、私は社内にいて目の当たりにできています。そんな彼等というのは、元々できる人間であるわけでもあり、これから本当に強くなるだろうなと思っています。 若いスタッフにしても、技術や経験は後からついてくるわけで、いちばん重要な「建築が好きであること」がしっかりとあるので、心配などしていません。だって、好きこそものの上手なれ、なんですから。

いま社内に充満しているひとりひとりの前向きな精神を、大切に育んでもっと大きなものにしていきたい。私自身も、今日できることを大切に。お施主様からの「心」である腕時計が、ずっしりと左手首で1秒1秒を刻んでいます。

photo by カマクラデザイン