懇意にさせていただいている不動産業者様からご紹介いただいたお客様です。元々建設地のお近くにお住まいのため、建築中に何度も現地に足をお運びいただき、大工の棟梁とも非常に親しく接していただきました。通常ではなかなか機会がないと説明できない構造の深いところまでお話させていただき、あらためてコミュニケーションの大切さを知ることができました。
敷地は豊かな緑を望むことができる旧鎌倉の一角。大通りから一本入った静かで趣のある場所であることから、環境に耳を傾けながらお施主様の要望を設計に落とし込みました。道路・北側斜線、1メートル隣地後退等の制限に逆らうことなく、素直に寄棟の屋根形状を取り入れることで、道路と隣地から見える建物のボリュームを抑えています。お施主様が当初から計画していた杉羽目板仕上げの外観もこれに相まって、場の雰囲気を壊すことなく凛とした佇まいを醸し出しています。
景観を邪魔しがちな雨樋にも気をつかい、開口部にも念入りな計画を行った結果、まるで建物が以前からそこにあったようなほどに敷地に対して違和感なく納まっているという印象を受けます。
間取りはシンプルでありながら、ロフトを含めた三層分の吹き抜けが各階をつなぎ、それに配した階段や内窓が空間にアクセントを与えています。景色を取り込むように設けた掃出し開口は、デッキを介して外部と繋がり、景色を切り取るように設けたスクエア窓は、季節の豊かさを日々変化する絵画のように縁取る装置として考えました。ここに納まる家具は、以前からお持ちのミッドセンチュリーやインダストリアルの旧き良き時代のデザインとのことで、おそらくそれは店舗の什器のように空間を演出することと想像できます。
内装は、1階は少し落ち着いた雰囲気のバーチ、2階はナチュラルなラスティックチェリーと、上下階で印象の異なる床材になっており、材質はすべて無垢です。
また、子ども部屋のスチール窓とリビング入り口のドアはお施主様のこだわりの部分です。大変悩まれて決めた少し青みのあるダークグレーもとてもいい雰囲気に仕上がりました。
鎌倉の風致の考えを「厳しい」と受け止めるのではなく、「豊かさ」と感じることができたことは、今回の計画にあたっての大きな成功要因です。家という「個」の存在だけでなく、「社会・環境」を意識することの大事さをあらためて感じることができるプロジェクトでした。